萌えを語り倒すためのブログ。
今は阿伏威ブーム。
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2024.11.02 Saturday
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月華蝶2
2007.08.30 Thursday
太陽は眩しい。
空は広い。
あたしが精一杯腕を伸ばしても
あたしが精一杯手を広げても
届かない
神様はあたしを見捨てたんだもの
月華蝶 2
チュンチュン。
また雀が庭でさえずっていた。 夜が明けた。 もう陽は高かった。 そんな時彼女は目覚めた。 季節は秋。 少しだけ肌寒かった。 彼女は起き上がって、色づき始めた紅葉を見た。 さえずる雀が止まっていた。 「…おはよ」 うっすら微笑むと、雀はさえずり、 また空へ飛んでいった。 「…お前はいいね。 自由だもの。 あたしも飛べたらいいのに…」 ポツリと彼女は呟いた。 「くっ、」 彼女は苦しそうに数回咳き込んだ。 「…春まで生きれるかな…?」 彼女は知っていた。 もう彼女の時間が少なくなってきたことを。 彼女は名を桃と言う。 呉服屋亜忽屋藍染惣右介の一人娘で今年十六だった。 普通の娘なら今が婚期であり、 今ごろ見初められた男と幸せに暮らしているだろう。 だが、彼女は違うのだった。 彼女はそれができなかった。 理由は幼い頃から患っていた病だった。 彼女は昔から身体が弱かった。 運動も殆どできず、外で友達と遊ぶ… そんな何気ない事すらできなかった。 幼い頃、彼女の母も彼女と同じ病で死んだ。 彼女は母親からその病を受け継いでしまった。 うつることはない病だったが、 もう起き上がることすら苦しい彼女は ここ数年彼女がいる離れから出た事すらなかった。 彼女は花が好きだ。 鳥が、太陽が好きだ。 野良猫も野良犬も。 そして、父親が大好きだった。 父の惣右介が職人として機を織る姿や、着物を誂える姿。 また彼が作る美しい着物も大好きだった。 亜忽屋は代々遊女や男娼の派手で美しい着物を 作る事を生業にしてきたが、 彼女の父の着物は美しさの中にも気品が漂い、 遊女達にも大評判であると彼女は聞いていた。 一度でいいから ―死ぬまでに― 彼女は父の誂えた着物を着た遊女が見て見たかった。 そして、彼女にはもう一つ夢があった。 それは前の彼女の夢よりも――もっと彼女には遠い夢であった。 彼女がそんな事を考えていた時だった。 ガタリと音が鳴り、部屋のフスマが開いた。 「おはよう、桃」 「おはよう、お父さん」 父の惣右介は彼女の朝食の乗った盆をゆっくりと畳に置いた。 「有難う、お父さん」 「ああ…そうだ!! 桃、お前に見せたいものがあるんだ。 少し待ってくれるかい?」 「うん。でも何?」 「まぁ、少し待っててくれ」 そういうと惣右介は席を立って、 何処かへ行ってしまった。 数分後彼は白い紙に丁寧に包まれたものを持ってきた。 「それって、新しい着物? お父さんが色街一の男娼さんに注文されたヤツだよね!!」 「ああ!今回もなかなかの自信作だよ」 「早く見たい!!!」 「ほら」 彼は紙 の包装をゆっくりと丁寧に解いた。 すると中から出てきたのは、美しい紅葉に彩られた着物であった。 「凄いね!!本当の紅葉みたい」 「ああ…でもね」 「?」 「着物は着て貰ってその一番の美しさを見せるんだよ。 氷欺君は僕の作った着物を男のお客さんの中で、 最も大切に、最も美しく着てくれる人なんだ」 「氷欺君…?」 桃は不思議そうに首をかしげた。 「ああ、桃にはまだ話したことなかったね」 そう言って彼は苦笑した。 「氷欺君って言うのはうちのお得意様だよ。 色街一の男娼置屋月華蝶のトップに もう八年間も君臨する有名な男娼さんだ。 ちょうど桃より二つ年上だったかな…?」 「凄い人…なんだね」 「ああ。意志の強いしっかりした子だよ」 「そう…」 ――あの美しく紅葉を 誰よりも美しく着こなすだろう男、氷欺―― 桃はその姿を見てみたいと思った。 だけど、そんなの無理だとわかっている。 だから、彼女は目を閉じ、 瞼の裏に少しだけその姿を思い描いた。 だけどそれは靄に包まれていただけだった。 仕方なく彼女は瞼を開けた。 「あ、お味噌汁冷めちゃう!!いただきます!!」 「ああ、ホントだ。ゆっくり食べるんだよ」 「はぁい」 そう彼女は笑う。 無邪気に。 でも心の中は、いつもこの離れという鳥籠に入れられて、 死を待つ鳥でしかない。 彼女は自分をそう思っていた。 もう自分は空を見るだけ。 大空を夢見て。 死ねば飛べるかもとさえ思い始めていた。 でもそれは、まだ彼に会う前の話。 それはまだ彼女が彼に恋心を抱く、ずっと前の話。
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